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今日は志賀島で花畑づくりの仕事

昼に地元の定食屋に入って、隣テーブルの注文の声「さしみ定食!」が
「ファシリテーション!」に聞こえた俺は末期。

産婆さんの例え

ファシリテーションを産婆さんで例える話があります。
頑張るのは赤ちゃんであり、母親。産婆さんは環境を整えたり、励ましたりする支援役ということです。

つい最近、2人目の子どもが生まれました。万歳!

1人目の時は、6時間みっちり右手で妻の腰骨をさすり、左手で団扇をあおぎ続けました。しかし、いざ出てくるという瞬間には何もできることがなく、応援しながら見てるだけでした。

2人目の時は、陣痛から1時間、自宅で出てきそうになったので、あわてて本職の助産師さんをお連れしたら、すでに生まれていたり。


肝心な時には、見てるだけだったり、そもそも居なかったりしたのですが、まぁ、母子ともに健康でありました。
ファシリテーションも案外近いものがあったりして。

同僚に書いてもらう。

なんで気がつかなかったんだろう?

これまでワークショップや研修では、自分が板書もしながら進行してきた。あまり不自由も感じず、人数が数名の時も数十名の時も、ちゃっちゃと自分なりのやり方で。
ある日、同じNPOで働く同僚に、「私もファシリテーションのことを勉強しなくていいですか?」と言われて、あっ!と気付かされた。他所の町や団体に出向いてファシリテーション(特にグラフィック)の研修をよくやっているのに、自分ちではやってなかった、、、。

研修用に使ってきた配付資料のPDFファイルを全て渡し、小さな会議から仕事の研修まで、彼女に板書してもらえる場を、いくつかピックアップ。
で、書いてもらうと、初めてなのになんだか上手なんだなあ。
うれしい8割、くやしい(?)2割。ははは。

さあ、どんどん書いてもらうぞー!

川喜田二郎先生

平成21年7月8日 川喜田二郎先生が亡くなりました。

直接お会いしたこともなければ、本式のKJ法の研修を受けたわけでもありません。
しかし、学生時代に中公新書の「続・発想法」を読んで興奮し、影響され、頭の中でモヤモヤしていたあれやこれやが形になって、その後の研究やボランティア、そしてファシリテーターとしての活動の原動力になっていったことをふりかえると、感謝の気持ちでいっぱいになります。

ありがとうございました。

Transition Townのこと

先日のBegood CafeでテーマとなったTransition Townのこと。

ワークショップの手法としてOpen Space Technologyを使ったりして、その部分も見たかったけれど、何よりそのコンセプトに興味があった。むしろ、15年ほど前の大学の卒業設計作品のコンセプトに、とてもよく似ているなあ、と。

詳しくはコチラ
http://www.transition-japan.net/

自分が感じたTransition Townの要点三つ。

1)最終的に到達したい「町のイメージ」よりも、こんな風に進めたいという「プロセスのあり方」を大切にしている点。

2)世代や文化や立場を超えて共有しやすい「ピークオイル」と「気候変動」の二つの大きな課題を掲げている点。

3)既存の取り組みや団体を尊敬しつつ、その間を「つなぐ、取り持つ」姿勢を重視している点。


いいよいいよー。
これって、「まちづくり」のファシリテーター的存在だなあ、と。

BeGood居酒屋

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おからのコロッケがうまい。BeGoodCafeに参加して、その懇親会。

講演会を聴いて、ポイントと感じたところを箸袋に書いたりして、講師の方を交えてガヤガヤ話しました。
やっぱり飲み会こそ書くべきだって!

ラーメン屋だけど

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モツ焼きがうまい。
鉄板アツアツでざっくりキャベツとプルプルのモツ。

古くからの友人の話は会社内の人間関係で、冗談半分まじめ半分。普段はセメントと鉄筋を扱う彼の無骨な手が、当然のようにメモ紙とペンを取り出して図解を始めたのにニヤリ。
そう言えば、ファシリテーション云々言わなくても昔から気軽に書く習慣があったよねえ!

書いてもらうのが居心地いいと感じた晩でした。

「まとめ」のスタイル

意見出しの後の要約、もしくは、会議最後の合意内容の確認。そんなかたちで進行役が「まとめ」をする機会はちょくちょくあります。

そんな「まとめ」のスタイルも人それぞれだなぁ、と。
普段の私は、例えれば「レシーバー型」。「出た意見の大部分を受け止め、かつ全体の構図が見えてくるような整理・分類の枠組み」を提示することで、現在の到達点を明らかにする感じ。
それに対して、「アタッカー型」というか、話し合いの一番イキのいい部分を射抜いてキーワードやキャッチフレーズとして示すタイプの「まとめ」もあります。

誤解を恐れずなんとなくのイメージを挙げると、
 前者は、まちづくりや教育の場面/共感を生む
 後者は、デザインや企画の場面/行動を生む
という感じ。

抽象と捨象のバランスの違いだと思うので、場面で使い分けたいものです。

2人で打ち合わせ

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同僚と業務の振り返りを行った際のグラフィック。

A4裏紙を継ぎ足しながらのマインドマップ。マインドマップの優れた点はいくつもあるけれど、一見似ているマンダラ型FGとの比較でいくと、記入箇所を選ぶステップが無く、スピーディーという点に尽きるな。
その代わり、全体の構造や重み付けが見えにくかったりするので、一旦、出し切ったものから共通点の抜き出し等をする2段階目が大切。
テングス病のように1カ所から多数の枝を出した部分をほぐしたり、あっちの枝とこっちの枝の共通点から新しい苗木を作ったり。

なんとなく

大分県竹田市という田舎の出身なので、町の中で暮らしていると、
春の、暖かくてジメジメした地面の感じとか、
夏の、ムワッとする草土手の匂いとか、
秋の、心細いような不安なような風とか、
冬の、鼻の奥がツンとする空気とか
そんなものが足りなくて困る。どこか上すべりしているような暮らしだ。
うまく説明できないけど。

いわゆる「ファシリテーション」のスキルを行使された会議の場となんとなく、共通点があるような気もする。

効率的だったり、スピーディーだったり、成果が大きかったりするけれど、その周りにあるモニョモニョ(?)したものを捨てている感覚がある。
うまく説明できないけど。

なんだ?この感覚?

「空気を読む」と「場を読む」

「空気を読む」という言葉はキライ。
けど、ファシリテーションには「場を読む」ことが大切と言っています。

二つの言葉、どちらも「周りの言外のメッセージを理解すること」という点では似てる。けど違う。

個人的な理解では、たぶん以下の二つが相違点。

1)射程。
空気を読む場合は、その時、その場の人間関係や雰囲気に限定されて、読む対象の射程はとても短い。
しかし、場を読む場合に求められるのは、今の行動や話し合いが将来的にどうつながっていくのか?とか、周囲の人にどんな影響を与えていくのか?という長い射程。

2)
従うか選択するか。
「空気を読む」には、単に「読む」だけではなく、それに従い屈服することが求められる。まあ、ある種の暴力だろうなあ。
「場を読む」のは、場の雰囲気や文脈を理解した上で、その後、どう行動するか「選択」が問われるような気がする。

里山とファシグラ

先日、学位論文を提出しました。

里山がこの100年間どう変化したか、とかその辺の話です。
「里山保全」と「ファシリテーション」の二足のわらじのように言われることもありますが、個人的にあまり違いはないです。
いろんな草木や生き物も、会議やワークショップのメンバーも、それぞれ持ち味を活かして活躍できるように。要素やプレイヤー間の関係性の最適化が、全体としての生産性・創造性や安定性・持続性を上げる思っています。
突き詰めると「不要な者のいない社会」ということかも?

終わり!

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最後はリーダー育成のための役割を出し合い、投票&ディスカッションして終了!皆さんオツカレサマデシタ!

ということで、一つの講座でどんな板書をしているか、なるべくリアルタイムに更新してみました。
なるほど、やっぱり「書くタイプのファシリテータ」なのだなあ。

午後一はリーダーの役割と能力

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リーダーを体験

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午前中は短いゲームを3種実施してリーダーシップについてフィードバック。